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もう一つ感想ツイートあったので、それと一緒に振り返り。
ドラマ天龍八部(2021版と、言えばいいかな)、原作未読&完全初見で最後まで見た雑感。
— shenwuφ (@shenwu404) 2021年9月5日
面白かったです。原作と同じなのかわかんないですが、最終集(簫峯のシーンと慕容復のシーン)は涙もろいせいか泣いた。
最終集(話)の感想は、簡単にまとめると↑のツイートに尽きます。
遼と宋の衝突を止めたい(厳密に言うと、遼の宋への進軍を止めたいかな)簫峯が、耶律洪基の王としての大事な剣に手をかけたところで「義兄(耶律洪基)と俺の命は一蓮托生だ」みたいな台詞を言ったところで、「あ、これはやばいのでは」という予感。案の定。
わかっていても、やはり死ぬシーンはつらいですね。
その後を追うように阿紫が荘聚賢こと游坦之に、恩を仇で返す(という言葉が合っているのか??)感じで目玉えぐって死んじゃうし。
金庸作品いるいるキャラと言えばそうなんですが、阿紫は基本わがまま・悪辣キャラ(原作だとどう描かれているのだろう)で、おまけに簫峯のことを想っていた。簫峯がいなくなったら確かに彼女にとって生きがいがなくなるわけで。もうしょうがないかなーみたいな。
簫峯はそもそも、阿朱を死なせてしまった時点で一度燃え尽きちゃってましたからね、こっちは仕方ないというか、流れ流れ転々として、自分の命の使い方をあの状況の中でおそらくベターなものを選んだ…と言えばいいのかな。考え出すと複雑だけど。
これまた後追いした荘聚賢は、悲劇のヒーローでしたね。”悲劇のヒロイン”という言葉は耳にすれど、悲劇のヒーローという言い方はあまり耳にしないような。基本、ヒーロー=主人公という風に置き換えられるからかな。
以下、段誉・虚竹・慕容復について、ざっくり感想。
段誉
wikiで一応設定知ってはいたけど、それなりに強くってびっくり。
本人に基本問題はないのに、段姓なのと父親の段正淳のおかげで女性運があるんだかないんだか。その辺はちょっと可哀そう。でも実父は段延慶…で、合ってる?あの辺、怒涛の死の連続と死の間際の突如の暴露で脳内で整理しきれていないんですよね。あの辺のシーンの話のついでじゃないけど、岳老三は好きなキャラだった。ちょっとコミカル系というか、ギャグ系というか。作中の癒しだった。
とりあえず一国の王になったわけだから、その辺はがんばれって思う。
虚竹
序盤は(おそらく)ドラマの物語の構成上、簫峯の話と段誉がちょこちょこと出てくる感じで、最初印象が薄いというか、どう話に絡んでくるのか一番わからなかったキャラ。
碁の対局に何故か無理やり参戦させられて、そこから他流派の内功を強制的にもらい受けてーの、天山童姥にも無理やり修行させられ始めてーの、戒律どんどん破りたくないけど破ってしまいーの、なんやかんやで一派の掌門になって、西夏の公主とはー…どうなったんだ?式を挙げる描写はなかったけど、結婚したことになるんですかね?一応、公主の婿決めをしていたわけだし。
慕容復
最後の最後が哀れだった。
細かいところわかってないですが、たぶん一族国の復興を幼い頃からずっと期待を託されていたはずなので、それに固執するのはしょうがないと思うんですよね。ただ、執着するあまり手段を選ばなくなっていった結果、王語嫣だけでなく従者たちにも見放されて、しまいには頼った父親は悟って仏の道に行っちゃって慕容復の話を聞くというより悟らせるというか、彼の考えを肯定してくれる人がいないんですよね。
その結果、完全に孤立してしまうわけで。
こういうのは現代でも通じることですが、悩みを持つ人間の考えを否定で終わらせるのはよくない。「それはダメだけど、こうしたらどうか」っていう妥協案や別案を提示した方がいいと思う。大なり小なり相談を持ち掛けられた=信頼されているというのもあるし。って、何の話を自分はしてるんだか。
ま、ぽんこつ中国語力ながら楽しく見ました。
戦闘のアクションは全体通してかっこよかったというか、見てて飽きなかったです。
金庸作品好き言いながら、全部は読めていない人間なので、天龍八部も読みたいなーと思う。
問題は、本を読む時間が遅いこと。