天龍八部(2021年版)BS11にて視聴中2。

連日暑すぎてやる気が出ず、ブログが全く書けていないshenwuです。

 

人生之路と雲襄伝を見終わった感想書こうとして放置してしまっていたり、他にも放置しちゃっているのがあって「あー・・・」って感じです。暑さ以前の問題かもしれない。

何て言うか、無理にまとめて書くのはダメだな。ダメですね。

ダラダラ途中まででもいいから、それでもいいのかもしれない。

と思いながら、『天龍八部』(2週目、日本語字幕を見るのは初見)の感想を適当に書こうかと思います。

 

 

以前↑の記事で書いたのですが、途中から家人(父親)が視聴参加し始め、録画したやつを時間見つけて1日1話見ています。BS11での放送は先日ちょうど終わってしまいましたが、自分はまだまだチビチビと楽しもうかと思います。

Twitterでちらほら完走した方々のツイートを拝見したのですが、皆さん楽しんで見ていたようで、武侠もの好きとしては何より。

 

いま30話まで来ました。

簫峯(喬峯)と阿紫が女真族のところから契丹族(遼)の耶律洪基と義兄弟の契り交わして、なんやかんやで遼へと簫峯たちの旅の舞台が移り変わっていくところです。

 

自分は1度リアタイ中国語字幕で見ていたので、印象深いシーンに関しては「あーこんなシーンだったなー(それこそ義兄弟の契りのシーンとかね)」と思ったり、「ここ細かい訳・意味わからんかったけどそういうことか」とか(一時停止して調べると時間どれだけかかるかわからんので、よほどの事がない限り基本的に専門用語はスルー)、たまに「こんなシーンあったっけ」と、ぼけていたり。変な楽しみ方してます。

 

一方父親、ちょいちょい独り言なのか相槌を求めているのか、反応とその時思った感想がすぐ出てくるので、金庸作品を全くしらない人間が初見で途中から見るとこんな反応するんだなーと、そっちの反応も面白く見てます。

遼編(と言っていいのか?)に入ってから簫峯のビジュアルが変わるわけですが、「あの服装ちょっと似合わないね」と言ってたり、阿紫に関しては基本問題児なだけに苦笑していて、さすがに仮面をつけさせるシーンは驚いていたっぽい。

 

そんなこんなで天龍八部(日本語字幕版)をまだまだ自分は楽しみます。